News

News

令和3年度 卒業式式辞

 厳しい冬を乗り越え、校庭の梅の蕾が膨らみ始めました。雨に洗われた木々にも新芽が姿を現し、春の息吹が感じられるこの良き日に、ご来賓の皆様のご臨席を賜り、令和3年度第74回近畿大学附属高等学校の卒業証書授与式を挙行できますことを心より嬉しく思います。

 卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。本日ここに907名が高等学校の全課程を見事に修了し、卒業の日を迎えました。様々なことを乗り越え、最後まで全力で頑張り通した結果です。今日という日を迎えたことに全員が大いに胸を張って下さい。改めて皆さんの真摯な努力に心から敬意を表します。

 私たちはこの2年間コロナ禍という予測不能の事態に直面し、様々な工夫や色々な変更、時には中止を決断しながら、この状況下においてできる限りの対応を重ねてきました。多くのストレスや窮屈さを覚えながらも、目標に向けて日々取り組んできました。まさにこれからの予測不能な事態、不確実性の高い未来への序章であったとも受け止められます。

 大切なことは、この経験を私たちにとって価値あるものにどのように繋げることができるかということになり、そのためにはこれまでのあたりまえ、固定観念や既成概念の問い直しから生まれる「対応力・適応力」が重要になります。

 今日は、卒業に際して「トランザクティブ・メモリー」について紹介します。近年、経営学の分野では、組織の学習能力というテーマが大きな関心を集めているそうです。個人も組織も過去の経験から学習し、その学習によって組織全体の効率や生産性が高まります。その学習成果について組織の記憶力という観点から注目されているのがトランザクティブ・メモリーです。

 1980年代半ばにハーバード大学の心理学者ダニエル・ウェグナーが唱えた組織学習に関する概念であり、「交換記憶」あるいは「対人交流記憶」などと訳されます。ウェグナーは「誰が何を知っているかを認識すること」をトランザクティブ・メモリーと定義しました。

 全員が同じ情報を知ろうとすることは効率的ではなく、組織として学習するメリットは、メンバー全員が 各自の担当分野や専門分野に特化して情報や知識を蓄え、その専門性を効果的に組み合わせて活用することにある。つまり大切なことは、全員が同じことを知っていることではなく、「組織の誰が何を知っているか」を組織の全員がよく知っていることであると唱えました。

 組織を構成するメンバーが「What」ではなく、「Who knows What」を共有していることこそが、組織のパフォーマンスを高めることになるということです。一人の人間が覚えられる記憶量には限界があります。一人ひとりが何らかの分野に詳しいスペシャリストになり、この分野のことが知りたいときはこの人に聞くといいということを共有できれば、組織全体の情報や知識を集結して質の高い業務を遂行できると考えられています。

 多くの実証研究でもトランザクティブ・メモリーが高い企業や組織の方が、提供されるパフォーマンスも高いという結果になったそうです。またどのような組織がトランザクティブ・メモリーを高められるかの研究も進み、例えばメールでやり取りするよりも顔を合わせて対話をする方が、高くなるという結果もあります。

 検索エンジンのグーグルのオフィスは、色々な遊びの施設や豪華で無料のカフェテリアがあることで有名です。そこでは様々な部署の人たちが気軽に会話を交わし、楽しむそうです。それはまさにトランザクティブ・メモリーを高めるための環境整備であり、組織力の向上に繋がっていると考えられます。

 今後の大きく変容する社会を生き抜き、組織やチームの中で活躍するには、高い専門能力と多様な人たちと直接対話できるコミュニケーション能力が重要になるといわれています。

 最後に江戸時代中期の老中松平定信が、熊本藩の改革を成功させた家老堀勝名に幕府の行政改革について、相談した時に残されているエピソードを紹介します。

 定信が「郡政の秘訣は」と聞くと、堀は「郡奉行に聞いて下さい」と答え、「市政の秘訣は」と聞くと「それは町奉行に」、「財政運営の秘訣は」と聞くと「勘定奉行に」との返事でした。定信が「おまえは何も知らないのではないか」と尋ねると、堀は「私は全奉行を使いこなしています。私の仕事は奉行の仕事を細かく知ることではなく、彼らを気持ちよく働かせることです」と答えました。

 定信は堀の言葉を聞いて、自分がいかに細かく指示を出し過ぎていたかに気づいたそうです。指示が細かすぎると部下は信頼されていないと感じます。仕事を任せられているからこそ意欲的に仕事をするようになり、そこには更なる成長が生まれることになります。もし自分ならどのような部下に仕事を任せますか。あるいは自分が仕事を任せられるためにはどうなれば良いか。その答えを自分で見つけられる力が重要になります。

 皆さんには、自分の力を信じてじっと待つのではなく、自らが積極的に求めなければ、何も手に入れることはできないということを今一度理解して欲しいと思っています。自分の進むべき先をしっかりと捉え、自分の可能性を信じ、力強くスタートしてくれることを大いに期待し、皆さん全員が元気に笑顔で、様々な分野で活躍することを心から応援しています。

 最後になりましたが、保護者の皆様、本日はご卒業おめでとうございます。改めて心よりお祝い申し上げます。このような形での卒業式になりましたことを心苦しく思っております。現在の状況を鑑みての判断にご理解をお願い申し上げます。

 これまで本校の教育活動に、ご理解ならびに多大なご協力ご支援を賜りましたことに重ねて御礼申し上げます。皆様方との出会いに感謝申し上げますと共に、卒業生の前途が幸多いものとなることを祈念いたしまして祝辞とさせて頂きます。

  1. 一覧へ