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令和2年 2学期始業式 校長訓話「非ゼロ和」
おはようございます。本年度は2週間の夏期休暇となりました。今日から例年より少し早めた2学期のスタートとなります。現在、コロナウィルス感染症の第2波と思われる状況が起こりつつあります。そのために今学期の学習活動や学校行事等も例年とは異なる状況での実施が多くなりますが、皆さんの理解と協力で実りあるものになることを期待しています。
2学期の始業式に際して、今日は「ゼロ和」と「非ゼロ和」という言葉を紹介します。
「ゼロ和」とは、複数の人が相互に影響し合う状況の中で全員の利益と損失の合計がゼロになる状況のことです。英語では「ゼロ・サム」となります。もともとはゲーム理論について説明する言葉で、ある人が勝つと他の誰かが負けるということですが、競争社会の例えで使われることがあります。
「ゼロ・サム社会」とは、経済成長が停止して資源や富の総量が一定になり、利益を得る者がいれば、必ずその分だけ不利益を被る者が出てくる社会のことです。これはアメリカの経済学者レスター・サローの用語で、誰かが得をすれば同じだけ誰かが損をする社会となります。
それに対して「非ゼロ和」は、ある1人の利益が必ずしも他の誰かの損失にはならない状況のことをいいます。例えば、ある技術を開発した人がいるとします。その技術が他の人に利用され、利益を与えることがあったとしても、開発した本人が損をすることはないという考え方になります。
その1つの例として「プレーポンプ」があります。プレーポンプとは、メリーゴーランド型の遊具と水くみポンプが一体化し、子どもたちが遊具を回して遊ぶエネルギーで、地下100メートルから水をくみ上げる仕組みです。 南アフリカで開発され、現在はモザンビークやスワジランド、ウガンダなど、アフリカ諸国の約800カ所で活用されているそうです。
これらの地域は水道設備が不十分で、安全な飲料水を手に入れるには数時間かけて水をくみに行く必要がありました。そしてその仕事はほとんどの場合、子どもたちが担っていたそうです。その仕事は過酷であるだけではなく、子どもたちは学校で学ぶ時間を奪われるという問題もありました。
このポンプができたおかげで子どもたちは水くみの労働から解放され、安全な水も手に入れることができるようになったそうです。そのうえポンプを維持管理する仕事が、地元住民の雇用に繋がるというメリットも生まれたそうで、1つのアイデアが様々な状況を改善した例として注目されています。
日本にも知られている事例があります。辛子明太子を開発した福岡市の「ふくや」の取り組みです。創業者の川原俊夫さんは、完成まで10年もかけたその製法を惜しむことなく公開したそうです。
そのおかげで同業者が多くなり、辛子明太子は全国的な名物として知られるようになり、「ふくや」をはじめ多くの商店を活性化し、そして多くの消費者も満足させることにつながりました。
社会が、より複雑に、より特化したもの、そしてより相互依存したものになると、その非ゼロ和的状況も増大するという考え方があります。今から20年前、2000年12月に述べられた当時のアメリカ合衆国のビル・クリントン大統領の言葉を紹介します。
「社会がより複雑になると、地域や国境という枠を越えて相互依存の網に目のような関係もより複雑になり、人々が自分の利害を考える上で、誰かが獲得して誰かが失う(win-lose)というゼロ和的な解決方法ではなく、両方とも得られる(win-win)という非ゼロ和的な解決方法を見つけざるを得なくなる。なぜなら相互依存が増していくにつれて、我々が向上するのと同じように、他の人も向上するからである。従ってすべての人が得られる方法を見つけ出し、お互いに思いやらねばならない。」
この言葉は、その後のグローバリゼーションの急激な加速と現在のグローバル社会の到来を予測したことになりました。
現在は、世界中のどの企業も、国境をまたいだ製造工程や価値のつながり(GVC:グローバル・バリューチェーン)に関わること無しにはものづくりはできないといわれています。今回のコロナウィルス感染症の事例からも、その妥当性を改めて感じることができます。
外務省は新元号「令和」をBeautiful Harmonyとして諸外国へ発信しているそうです。その意味は「素晴らしい和やかさ」となるようですが、「ゼロ和」の「ゼロ」を漢字表記にすると「零和」となり、新元号の「令和」と重なります。
未来は私たちが創るものです。グローバリズムとローカリズムをどのように調和させることができるかが、「零和」と「令和」の分かれ目になるように感じています。大切なことは、未来を創るアイデアとお互いが幸せになれる仕組みだと言われます。その実現に向けて共に歩めることを大いに期待しています。