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令和元年度修了式 学校長式辞

 「一陽来復」という言葉があります。2月の節分の豆まきの升に書かれていることがあります。これは「冬が終わって春がまたやって来るように、悪いことが続いた後で幸運に向かう」という意味があります。「冬来たりなば、春遠からじ」も同じような意味の言葉です。

 春は、始まりや希望を感じさせる季節です。でも冬の厳しい寒さがあるからこそ、春を迎える喜びを感じることができるとも考えられます。

 今年度の修了式は、様々な状況を踏まえ、このように例年とは異なる形式での実施となりましたが、皆さんの中学校課程の修了を讃える思いは、何ら変わるものではありません。改めまして、今日、皆さんは中学校の課程を修了し、無事に卒業の日を迎えました。本当におめでとうございます。

 中学校での学校生活は如何でした。今振り返ってみて、何が一番印象に残っているでしょうか。勉強はもちろんでしょうが、クラブ活動、宿泊行事、体育祭や文化祭などの学校行事、友達と過ごした時間など、色々なことを体験した記憶が蘇ってくることだと思います。

 きっと皆さんにとってすべてが、かけがえのない大切な思い出になっていることだと思います。その思い出をただの記憶ではなく、自分にとって貴重な体験として心に刻み、その時の思い、学んだことを身体にしっかりと染みこませてくれることを願っています。

 今日は修了式に際して、「20世紀最大の物理学者」であり、「現代物理学の父」とも呼ばれたアルベルト・アインシュタイン博士の言葉を紹介します。

 「私たちの生き方、つまり人生には2通りしかない。1つは『奇跡など何も起こらない』と思って生きること。もう1つは『あらゆるものが奇跡だ』と思って生きることである。」

 この言葉の中には、博士の生い立ちや生きた時代背景、研究生活や戦争体験等が大きく影響していると考えられます。

 現在、私たちを含め多くの人は、奇跡などは滅多に起こらないと思って生活しています。毎日の仕事や家事、皆さんなら学校へ行くことをごく普通のこととして、あまり深く考えずに日常として繰り返し、過ごしていることが多いかも知れません。

 目の前のことすべてが、あたり前のこととして受け止め、深く考えずに毎日を暮らせることも幸せだとも言えますが、あまりにあたり前すぎると、時にはその生活に感謝することさえも忘れてしまうことがあります。

 例えば、今日するべき仕事があること、学校へ通えること、食事ができること、そして安心して暮らせることは、果たしてあたり前なのでしょうか。何かの災害や事故でそれらを失った時にしか気づけないのでしょうか。

 少し立ち止まって考えれば、どれをとっても、ある意味、今の状態がすべて奇跡だとも言えるはずです。もしそれが奇跡と考えれば、身のまわりのすべての出来事がもっと輝いて見え、もっとその素晴らしさに気づけるはずであり、何気なく過ごしていた毎日の生活の中で、新たな発見や将来の夢や目標を見いだすことができるかも知れません。

 今、自分の中学校での3年間を振り返った時、何が見えてくるでしょうか。どのような思いでこの3年間を過ごしたかで、きっと大きな違いになったように思います。

 最後に、経営学者でありFuturist(未来学者)とも呼ばれるピーター・ドラッカー氏の言葉を贈ります。

 「コップに水が『まだ半分入っている』と『もう半分しか入っていない』とは、量的には同じである。だが意味的には全く違う」 これはまさに積極思考(PositiveThinking)の勧めです。

 これから始まる3年間の高校生活では、自分はどうしたいのか、どうなりたいのかということを自分自身と向き合いながら、しっかりと考えなければなりません。高校生になるということは、自分が求めなければ何も手に入らない環境で学ぶことだと、改めて理解することが重要になります。

 皆さん一人ひとりが毎日の生活をどう受け止めるかで、その結果は大きく変わるということをしっかりと理解し、自分はやればできるという自信を持って春からの新しい生活をうまくスタートしてくれることを大いに期待しています。