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1学期終業式 学校長講話「引き算の美しさ」

 今日は静岡県掛川市にある明ヶ島(みょうがじま)キャンプ場を紹介します。このキャンプ場は1978年にオープンしましたが、今でも携帯電話の電波も届かない自然の中にあります。アクセスはくねくねと細い山道を登り切らなければならず、その利便性の悪さから2014年度から閉鎖され、一時は廃止もやむなしという状況で放置されていました。

 しかし地元のあるデザイン会社が、「地域の活性化に貢献したい」と名乗りを上げて、キャンプ場のプロデュース、管理運営を引き受けたそうです。工事関係の人と相談する中では、「携帯が通じないから、電波が届くように工事しないと」とか、「暗いから、電灯をもっと増やさないと」という意見も出たそうですが、「まずは一緒にキャンプして考えよう」と一晩過ごしたら、暗いからこそ星がよく見えるとか、携帯が通じないからゆっくり過ごせるとか、色々なことに気付いたそうです。

 そして再オープンにあたり、大きく打ち出したことは、「アクセスが悪い、携帯が通じない、高規格でない」という「不便さ」というコンセプトでした。老朽化した施設を整備し、灯りや安全柵を最低限に抑え、外部との連絡手段は管理棟の公衆電話のみとしたそうです。その結果、清流のせせらぎ、風の音、鳥のさえずりだけが聞こえる緑豊かな空間が生まれ、電灯も少ないため、夜空には満天の星を見ることができるそうです。

 現在は、グランピングなどの快適性を売りにする充実した施設を備えた高規格キャンプ場が多い中、「不便さ」を逆手にとった、まさに逆転の発想になりました。そして、日本一新しく、日本一不便なキャンプ場「炭焼の杜、明ヶ島キャンプ場」というキャッチフレーズで、2017年度にリニューアルオープンしました。

 キャンプ場のテーマは、study to be quiet(穏やかなる事を学ぶ)。これは約350年前の英国の作家アイザック・ウォルトンの言葉です。作家の開高健が敬愛した言葉でもあるそうです。

 わずかこの数十年の間に、私たちの生活は劇的に変化し、研究、開発を重ねて次々と生み出された数々の電子機器が、私たちの便利で快適な生活を実現しました。携帯やInternetは私たちの生活には欠かせないものになり、どんなときもLINEやmailの着信が気になります。そしてこの変化はこれからも加速度的に進んでいくことになります。

 しかし今、この科学の進歩から実現した便利な生活が、新たに心身の不調を生み出す原因になっていることが、ドイツをはじめとするヨーロッパ諸国で指摘されています。今日まで私たちは「足し算」を積み重ねることで、沢山のものを手に入れるという恩恵を実感しながら、その重要性や必要性を学んできました。

 しかし時には「引き算」をしなければ、そのバランスが崩れることになり、現在はそのことへの気づきが求められるようになりました。引き算をすることは、目の前の当たり前をもう一度問い直すことにも繋がり、それぞれが自分にとっての本当の価値を考える選択にも繋がるようです。

 私たち人間も、間違いなく自然の一部です。どのように科学技術が進んでも、人間が自然の営みの中で生きていることには変わりません。豊かな自然に身を置いて過ごす「何もない」時間も、私たちにとって、きっとかけがえのない価値があり、そこには「引き算の美しさ」があるようです。

 夏期休暇をうまく活用しながら、「引き算の大切さや素晴らしさ」を実感できる機会、自分にとって、本当に価値あるものとの出会いを見つけてくれることを、大いに期待しています。色々な体験、取り組みを通して成長した姿を2学期に見せてくれることを楽しみにしています。